◆ナショナル・ウェストミンスター銀行事件(東京地裁平成12年1月21日)
(概要)
Xは、昭和58年に、外資系銀行のYに入社し、貿易担当業務を担当して
いた。
平成9年当時、Yは経営方針転換により、貿易担当業務から撤退し、その
統括部門であるGTBS(グローバル・トレード・バンキング・サービス)部門の
閉鎖を決定した。同部門の閉鎖により、Xのポジションが消滅するが、Yは、
Xを配転させ得るポジションは存在しないとして、Xに対し一定額の金銭の
支給及び再就職活動の支援を内容とする退職条件を提示し、雇用契約の
合意解約を申し入れた。しかし、Xはこれを拒否し、Yでの雇用の継続を望ん
だため、Yは他部署のクラークのポジションを提案したが、Xがこれも受け
入れなかった。そこで、YはXに対し、普通解雇する旨の意思表示を行った。
(決定の要旨)
GTBS部門閉鎖の決定は、リストラクチャリング(事業の再構築)の一環で
あるところ、このような事業戦略にかかわる経営判断は、高度に専門的な
ものであるから、基本的に、企業の意思決定機関における決定を尊重すべき
ものであり、リストラクチャリングの目的からすれば、経営が現に危機的状態
かどうかにかかわらず、余剰人員の削減が俎上に上ることは必然ともいえる
一方、余剰人員として雇用契約の終了を余儀なくされる労働者にとっては、
再就職までの当面の生活の維持に重大な支障を来すことは必定であり、
余剰人員を他の分野で活用することが企業経営ヒ合理的であると考えられる
限り極力雇用の維持を図るべきで、雇用契約の解消について合理的な理由
があると認められる場合であっても、労働者の当面の生活維持及び再就職
の便宜のための相当の配慮とともに、雇用契約を解消せざるを得なくなった
事情について労働者の納得を得るための説明など、誠意をもった対応が
求められるとした上で、いわゆる整理解雇の四要件は、整理解雇の範疇に
属すると考えられる解雇について解雇権の濫用に当たるかどうかを判断する
際の考慮要素を類型化したものであって、各々の要件が存在しなければ
法律効果が発生しないという意味での法律要件ではなく、解雇権濫用の
判断は、本来事案ごとの個別具体的な事情を総合考慮して行うほかない
ものである。
Yとしては、Xとの雇用契約を従前の賃金水準を維持したまま他のポジション
に配転させることができなかったのであるから、Xとの雇用契約を継続する
ことは、現実的には、不可能であったということができ、したがって、Xとの
雇用契約を解消することには、合理的な理由があるものと認められる。
Yは、平成9年4月のXに対する雇用契約の合意解約の申し入れに際し、
就業規則所定の退職金約800万円に対して特別退職金等約2,330万円余の
支給を約束し、同年9月の解雇通告に際し約335万円を上乗せし、同年10月
には退職金名目で1,870万円余をXの銀行口座に振り込んでいるが、これは
Xの年収が1,052万円余であることに照らし、相当の配慮を示した金額である
さらに、YはXの再就職が決まるまでの間の就職斡旋会社のための費用を
無期限で支払うことを約束しており、YはXの当面の生活維持及び再就職の
便宜のために相応の配慮をしたものと評価できる。
また、Yは、サービゼズの経理部におけるクラークのポジションを年収650万円
でXに提案したが、当時、同ポジションには年収450万円の契約社員が十分
に満足のいく仕事をしていたところ、退職予定のない同人を解雇してまで
Xにポジションを与えるべく提案をしたものであり、これに加えて、賃金減少分
の補助として退職後1年間について200万円の加算支給の提案をするなど、
Yはできるかぎり誠意をもってXに対応したものといえる。
以上のとおり、Xとの雇用契約を解消することには合理的な理由があり、
Yは、債権者の当面の生活維持及び再就職の便宜のために相応の配慮を
行い、かつ雇用契約を解消せざるを得ない理由についても債権者に繰り返し
説明するなど、誠意をもった対応をしていること等の諸事情を併せ考慮すれ
ば、未だ本件解雇をもって解雇権の濫用であるとはいえない。
|